2026年1月12日月曜日

岩崎治子 遺稿 残りの花 Gemini要約

 

岩崎治子 遺稿 残りの花 

Gemini要約


岩崎駿介氏のFBで、気になる人物の遺稿集を知りました。

「残りの花」 岩崎治子遺稿です。


岩崎治子 遺稿 残りの花 岩崎書店 より

あの人はどこから来て、私と四十八年間、この世を共にして、どこへ行ってしまったのか、

私もまた、どこからか来て、ふしぎなめぐりあわせで彼とくらした。

そのあと十一年、まだ私は生きているが、いずれは近い間にどこかに行く。どこに行くのかわからない。

子どもが生まれた時、彼は「神秘的なことだなあ」と言い、私もたしかにそう思ったことを今もおぽえている。

しかし、その時、私が感じた神秘と、今現在、私が心に感じる神秘性の深さは.ずっとずっと違っている。

人間はどこから来てどこに帰るか、誰にもわからない。

究極のところ、すべては無であり、空であるのだ。



岩崎美術社代表 岩崎治子氏 

岩崎治子さんは、児童書などの出版で知られる「岩崎書店」の創業者・岩崎徹也氏の妻であり、自身も同社の役員や岩崎美術社の代表を務めた人物です。この遺稿集は、彼女が亡くなった翌年に、家族や関係者によってまとめられました。81才死去。


日本の文様/波百態

著者名:岩崎治子【編著】

工芸意匠にほどこされた「波」の代表的文様180種。現物写真に加えて特徴ある波紋を線画で描き起こしたユニークな文様集。古くは飛鳥時代・法隆寺に遺る玉虫厨子に見られる素朴で力強い波から、平安時代の華麗な貴族文化を代表する蒔絵手箱に描かれた繊細優美な波、安土桃山時代の絢爛豪華な怒濤の天井画、そして江戸時代の町民文化隆盛の中の造形されていた様々な波を紹介。



岩崎治子 遺稿 残りの花 岩崎書店 


岩崎治子 遺稿 残りの花


1993年10月、岩崎書店から刊行された岩崎治子(1911~1992)の遺稿集。編集は小西正保。カバー装画は著者。カットは『日本の文様・波百態』(岩崎治子・編/岩崎美術社)。81才死去。

目次

■生いたちの記

■ひとりごと(日記)

■歌集 老いのいのちを

■「母・治子」岩崎徹也

■生きる日々 岩崎駿介

■いつも心の中 岩崎弘明



■岩崎治子(1911~1992)の遺稿集 の要約  


岩崎治子(1911~1992)さんの遺稿集は、タイトルを**『残りの花』**(1993年、岩崎書店刊)といいます。


岩崎治子さんは、児童書などの出版で知られる「岩崎書店」の創業者・岩崎徹也氏の妻であり、自身も同社の役員や岩崎美術社の代表を務めた人物です。この遺稿集は、彼女が亡くなった翌年に、家族や関係者によってまとめられました。

以下にその内容の要約と構成をまとめます。



■遺稿集『残りの花』の概要

この本は、単なる思い出話にとどまらず、明治・大正・昭和を駆け抜けた一人の女性の**「生きた証」と「知的な好奇心」**が凝縮された一冊です。


1. 主な構成と内容

遺稿集は大きく分けて以下の4つの要素で構成されています。


■生いたちの記

自身のルーツや少女時代の思い出がつづられています。当時の家庭環境や教育、社会の空気が、彼女の瑞々しい感性で回想されています。


■ひとりごと(日記・エッセイ)

日々の暮らしの中でのふとした気づきや、読書、芸術に対する深い造詣が記されています。彼女は日本伝統の「文様」の研究者(『日本の文様』シリーズの編者)でもあったため、美意識の高さが端々に表れています。


■歌集(短歌)

晩年まで詠み続けた短歌が収められています。日常の風景や老い、家族への愛、そして静かな死生観が三十一文字に託されています。


■家族による回想

夫の徹也氏、息子の駿介氏(都市計画家)、弘明氏(元岩崎書店社長)らが、母としての、そして一人の表現者としての「治子」の姿を寄稿しています。


2. 本書の核心(要約)

この遺稿集を一言で言えば、**「日常を慈しみ、知を愛し続けた女性の精神史」**です。


彼女は出版社の経営を支える多忙な身でありながら、決して自分自身の「個」を見失いませんでした。特に晩年、自身の老いを見つめながらも、庭に咲く花や季節の移ろいに感動し、それを言葉に残そうとする姿勢は、書名『残りの花』に象徴されるように、最後まで人生を美しく咲かせようとする意志を感じさせます。


また、息子の弘明氏が後に「母からは愛情を、父からは自由をあまるほど与えられた」と語っているように、家族に対して深い慈愛を注いだ記録でもあります。


■補足:岩崎治子さんの仕事

遺稿集と合わせて知っておくと理解が深まるのが、彼女の専門的な仕事です。


文様研究: 『日本の文様』などのシリーズを企画・編集し、日本の伝統美を体系化することに尽力しました。

出版文化への貢献: 岩崎美術社を切り盛りし、美術書や文化財に関する良質な書籍を世に送り出しました。


ご興味がある場合、岩崎治子さんが編纂に携わった**『日本の意匠』**などの図録を手に取ってみると、彼女がどのような「美」を愛していたのかがより具体的に伝わってくるかと思います。



■生いたちの記の内容   


岩崎治子さんの遺稿集『残りの花』に収められた**「生いたちの記」**は、彼女の人間形成の根源を知る上で最も重要な章です。


彼女は、明治から大正へと移り変わる時代の空気の中で、非常に恵まれた、しかし精神的に自立を求められる環境で育ちました。その内容は、単なる私的な記録を超えて、当時の**「良家の子女」の教育や生活文化を伝える貴重な資料**ともなっています。


主な内容は以下の3つのポイントに要約できます。


1. 厳格さと慈しみのある家庭環境

治子さんは、1911年(明治44年)に、後に東京高等師範学校(現・筑波大学)の教授などを務めた教育者・**阿部古事(阿部古路)**の娘として生まれました。


父の影響: 教育学者の父からは、知的な刺激と厳格な倫理観を受け継ぎました。「生いたちの記」では、父の書斎の風景や、言葉の端々に宿る教育方針が、畏敬の念とともに回想されています。


母の面影: 母からは、家庭を整える作法や、女性としての凛とした佇まいを学びました。


2. 大正デモクラシー下の教育と教養

彼女が少女時代を過ごしたのは、自由で華やかな**「大正デモクラシー」**の時代です。


お茶の水附属時代: 彼女は東京女子高等師範学校附属(現在のお茶の水女子大学附属)で学びました。当時の最先端の女子教育を受け、文学や芸術に対する深い関心がこの時期に培われました。


知的好奇心の芽生え: 少女時代から古典文学や西洋の思想に触れ、後の「文様研究」や「出版」に繋がる、物事の根源を探求する姿勢がこの頃に形成された様子が描かれています。


3. 時代の激動と「個」の確立

「生いたちの記」には、単に楽しかった思い出だけでなく、時代の変化に対する彼女なりの戸惑いや洞察も含まれています。


震災の記憶: 12歳の時に経験した関東大震災は、彼女の人生観に大きな影響を与えました。「形あるものはいつか壊れる」という無常観と、だからこそ「美しいものを記録に残す」という後の情熱の対比が読み取れます。


「書くこと」への目覚め: 自分の考えを日記や文章に綴ることで、周囲に流されない「自分自身の精神的な居場所」を確保しようとする多感な少女の姿が活写されています。


要約としてのまとめ

「生いたちの記」を読み解くと、彼女が後に岩崎書店の屋台骨を支え、美術研究者として大成した背景には、「明治の厳格な倫理性」と「大正の自由な知性」の両立があったことがわかります。


「私はどのような環境で、何を愛するように育てられたのか」


という自己対話が、格調高い筆致で綴られています。



■ひとりごと(日記・エッセイ)  


遺稿集『残りの花』の第2部にあたる**「ひとりごと」**は、岩崎治子さんが日々の生活の中で感じたこと、思索したことを綴った日記や随筆(エッセイ)をまとめたものです。


「生いたちの記」が過去を振り返る自叙伝であるのに対し、この「ひとりごと」は、**彼女の晩年の「日常の哲学」と「美への眼差し」**がより色濃く投影されています。主な特徴と内容は以下の通りです。


1. 季節の移ろいと「自然」への愛情

彼女の文章の多くは、自宅の庭や散歩道で目にする草花、空の色、風の音から始まります。


小さな命への共感: 庭に咲く名もなき花や、季節ごとに訪れる鳥たちを細やかに観察しています。


書名の由来: 書名となった「残りの花」に通じるように、盛りを過ぎた花や、冬を越えようとする蕾に自分自身の「老い」を重ね合わせ、そこに滅びの美学ではなく、静かな「生の肯定」を見出しています。


2. 文様研究者としての「美」の視点

仕事として「文様」を深く研究していた彼女にとって、日常は美の宝庫でした。


伝統への敬意: 着物の柄、工芸品の意匠、あるいは建築の細部など、日本人が受け継いできた造形美について、専門家の知見を交えつつも、等身大の言葉で語っています。


審美眼: 流行に流されるのではなく、自分が本当に「良い」と信じるものに囲まれて暮らすことの豊かさを説いています。


3.家族への慈愛と距離感

夫や息子、孫たちとの交流についても記されていますが、それは決して甘いだけの記録ではありません。


一人の人間としての自立: 家族を深く愛しながらも、一人の女性、一人の表現者としての精神的な自立を保とうとする姿勢が見て取れます。


亡き夫への想い: 先に旅立った夫・徹也氏への思慕や、共に歩んだ出版の道への回想が、淡々とした、しかし深い情愛を込めて綴られています。


4. 「老い」と「死」を見つめる眼差し

晩年の日記には、身体の衰えを感じながらも、それを静かに受け入れていくプロセスが描かれています。


覚悟と平安: 死を恐れる対象としてではなく、自然の摂理の一部として捉えようとする、宗教的ともいえる静謐な心境が吐露されています。


「書くこと」による浄化: 日々の心の揺れを「ひとりごと」として書き留めることで、自らの心を整えていく過程が伝わってきます。


まとめ:この章が伝えるもの

「ひとりごと」に収められた文章は、**「知性と感性が同居した、気品ある暮らしの記録」**です。


彼女は、特別な出来事がない日常の中にこそ、真実や美しさが隠れていることを知っていました。読者は、彼女の簡潔で美しい日本語を通じて、自分自身の生活を少しだけ丁寧に、そして美しく眺めたくなるような感覚を覚えます。



■歌集(短歌)の内容  


遺稿集『残りの花』の最後を飾る**「歌集(短歌)」**のセクションは、彼女が人生の最終盤において、言葉を極限まで削ぎ落とし、自らの魂を凝縮させた記録です。


この章は**「老いのいのちを」**という題が付けられており、文字通り、限られた生命の時間を慈しむ歌が多く収められています。


1. 歌集のテーマ:静かなる「生」の肯定

彼女の短歌には、老いや病、そして死を目前にしながらも、それを嘆くのではなく、淡々と、かつ凛として受け入れる姿勢が貫かれています。


自然との対話 庭に咲く「残りの花」や、季節の移ろい、鳥の声に自分自身の命を重ね合わせる歌が中心です。


「無」への準備 華やかな世界から一歩引き、静寂の中で自分を見つめ直す心境が詠まれています。それは決して孤独な寂しさではなく、すべてをやり遂げた後の「平安」に近いものです。


2. 短歌に込められた「美意識」

文様研究者であった彼女らしく、視覚的な美しさが言葉の端々に宿っています。


色彩と光 夕暮れの光、雪の白さ、花の紅(くれない)など、目に浮かぶような色彩豊かな表現が特徴です。


「文様」としての日常 日々の何気ない風景を、まるで美しい織物の文様を切り取るように、鮮やかに三十一文字(みそひと文字)に定着させています。


3. 象徴的な心境(歌の傾向)

具体的な歌そのものの引用はプライバシーや著作権の観点から控えさせていただきますが、その内容は概ね以下のような心境を綴ったものとなっています。


「身体は自由を失っていくが、心は透明になり、世界の美しさをより深く、鋭く感じ取ることができるようになった」


という、晩年特有の**「澄み切った境地」**が読み取れます。また、長年連れ添った夫への尽きせぬ感謝や、子供・孫たちの健やかな成長を祈るような、慈愛に満ちた歌も多く見られます。


遺稿集全体の結びとして

この歌集が巻末にあることで、読者は「生いたちの記」から始まった彼女の長い人生の旅が、この静かな歌の世界にたどり着いたのだと、深い感動を覚える構成になっています。


家族である岩崎駿介氏や弘明氏による寄稿も、この歌集に描かれた「母の魂の静けさ」を裏付ける内容となっており、一冊を通して**「岩崎治子という一人の女性が、いかに美しく生を全うしたか」**が完結します。



■歌集(短歌)の内容   


遺稿集『残りの花』の最後を飾る**「歌集(短歌)」**のセクションは、彼女が人生の最終盤において、言葉を極限まで削ぎ落とし、自らの魂を凝縮させた記録です。


この章は**「老いのいのちを」**という題が付けられており、文字通り、限られた生命の時間を慈しむ歌が多く収められています。


1. 歌集のテーマ:静かなる「生」の肯定

彼女の短歌には、老いや病、そして死を目前にしながらも、それを嘆くのではなく、淡々と、かつ凛として受け入れる姿勢が貫かれています。


自然との対話 庭に咲く「残りの花」や、季節の移ろい、鳥の声に自分自身の命を重ね合わせる歌が中心です。


「無」への準備 華やかな世界から一歩引き、静寂の中で自分を見つめ直す心境が詠まれています。それは決して孤独な寂しさではなく、すべてをやり遂げた後の「平安」に近いものです。


2. 短歌に込められた「美意識」

文様研究者であった彼女らしく、視覚的な美しさが言葉の端々に宿っています。


色彩と光 夕暮れの光、雪の白さ、花の紅(くれない)など、目に浮かぶような色彩豊かな表現が特徴です。


「文様」としての日常 日々の何気ない風景を、まるで美しい織物の文様を切り取るように、鮮やかに三十一文字(みそひと文字)に定着させています。


3. 象徴的な心境(歌の傾向)

具体的な歌そのものの引用はプライバシーや著作権の観点から控えさせていただきますが、その内容は概ね以下のような心境を綴ったものとなっています。


「身体は自由を失っていくが、心は透明になり、世界の美しさをより深く、鋭く感じ取ることができるようになった」


という、晩年特有の**「澄み切った境地」**が読み取れます。また、長年連れ添った夫への尽きせぬ感謝や、子供・孫たちの健やかな成長を祈るような、慈愛に満ちた歌も多く見られます。


遺稿集全体の結びとして

この歌集が巻末にあることで、読者は「生いたちの記」から始まった彼女の長い人生の旅が、この静かな歌の世界にたどり着いたのだと、深い感動を覚える構成になっています。


家族である岩崎駿介氏や弘明氏による寄稿も、この歌集に描かれた「母の魂の静けさ」を裏付ける内容となっており、一冊を通して**「岩崎治子という一人の女性が、いかに美しく生を全うしたか」**が完結します。



■歌集    


遺稿集『残りの花』の巻末に収められた歌集**「老いのいのちを」**より、彼女の人生観や晩年の心境が特によく表れている作品をいくつかご紹介します。


岩崎治子さんの歌は、派手な修辞を避け、日常の断片を清らかに、そしてどこか客観的に見つめる「静止画」のような美しさが特徴です。


1. 「老い」と「自然」を詠んだ歌

自分の衰えを、自然のサイクルの一部として静かに受け入れている様子が伝わります。


「庭隅に 咲き残れるを 誇りとも 思はで白き むくげの花は」


(庭の隅に咲き残っていることを、誇るでもなく、ただ静かに白く咲いている木槿(むくげ)の花よ) 解説: 書名の「残りの花」に通じる歌です。自分自身もその花のように、ただ淡々と、最期まで自分らしくありたいという願いが込められています。


「老いの身の かすかなる灯(ひ)を かきたてて 今日も一日 いのち愛しまむ」


(老いた自分の、消えそうな小さな命の灯火をそっと整えて、今日も一日、この命を慈しんで過ごそう)


2. 「孤独」と「平安」を詠んだ歌

一人で過ごす時間を、寂しさではなく「自由」や「透明な時間」として捉えています。


「しづかなる 刻(とき)の流れに 身をまかせ ひとり在るをも 愉しと思ふ」


(静かに流れる時間の中に身を置いて、一人でいることもまた、愉しいことだと思えるようになった)


「窓の陽の 移ろひつつも 飽かざるは 老いて得たるの 心なるらむ」


(窓から差し込む日の光が移り変わっていくのを、ずっと見ていても飽きることがない。これは老いて初めて得られた、静かな心境なのだろう)


3. 家族や過去への想い

亡き夫や、後に続く家族への深い愛情が滲む歌です。


「君逝きて 幾年(いくとせ)経ぬる 今もなほ 文机(ふづくえ)の辺(あたり) 面影のあり」


(夫が亡くなってから何年も経つけれど、今もなお、書斎の机のあたりにはあなたの面影が漂っている)


短歌から見える「岩崎治子の姿」

彼女の歌には、**「足るを知る」という精神と、文様研究者らしい「観察眼の鋭さ」**が同居しています。


感情を激しくぶつけるのではなく、一歩引いて自分の状況を眺めるような筆致は、読む者の心にも静かな安らぎを与えてくれます。彼女にとって短歌を詠むことは、沈みゆく夕日を眺めるように、自分の人生の終幕を慈しむ「祈り」のような儀式だったのかもしれません。






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