2024年2月29日木曜日

酒の肴・じゃことしめじの黒酢炒め

 

■作家 曾野綾子氏の助言

老年になれば、妻と死別したり、妻が急に入院したりする可能性が出てくる。そのために、簡単な掃除、洗濯、料理ぐらいができない男というのも、賢い生き方とは言えない。


酒の肴づくり

じゃことしめじの黒酢炒め


黒酢のコク、しめじの旨み、黒こしょうの香りで、じゃこをあっさりと。




酒の肴・じゃことしめじの黒酢炒め



じゃこを、酒、黒酢で炒め、しめじを加えて炒め、蓋をして蒸し焼き、しめじから水分がでたら、黒こしょうをたっぷりとふり、ざっと炒めて完成です。

酒のつまみには最高です。








2024年2月27日火曜日

現在の苔テラリウムは5種類です


現在の苔テラリウムは5種類です


2019年8月から始めた苔テラリウムは、現在5種類です。容器は10瓶です。

分からなくなるのでラベル貼りました。


●アラハシラガゴケ

●コツボゴケ

●タマゴケ

●ホソバオキナゴケ

●ジャゴケ



アラハシラガゴケ



アラハシラガゴケ



コツボゴケ



コツボゴケ



タマゴケ



タマゴケ



ホソバオキナゴケ



ホソバオキナゴケ



ジャゴケ



ジャゴケ



初期のツヤゴケとホソウリゴケは失敗してなくなりました。

最初は結構苦戦しましたが
今はま~ま~かな。








2024年2月26日月曜日

「河津桜」と、緑道の「紅梅」が、ほぼ満開

 

ウオーキングコースの「河津桜」と、

緑道の「紅梅」が、ほぼ満開になりました。


もう春が近いですね。



ウオーキングコースの「河津桜」



「河津桜」



「河津桜」



緑道の「紅梅」



「紅梅」



「紅梅」


これからはどんどん春の花が咲きますね。








2024年2月25日日曜日

正すべきは国の災害支援のあり方


気に入ったコラム 直球&曲球 野口健氏


正すべきは国の災害支援のあり方

直球&曲球 野口健 能登半島地震直球&曲球



登山家、環境活動家 野口健氏

野口 健(のぐち けん、1973年8月21日 - )は、日本の登山家、環境活動家。亜細亜大学国際関係学部卒業。NPO法人PEAK+AID(ピーク・エイド)代表(2020年時点)として、ヒマラヤ・富士山での清掃活動といった環境保護への取り組み、また遭難死したシェルパ族の子どもたちへの教育支援「シェルパ基金」やヒマラヤでの学校建設・森林づくり、第二次世界大戦の戦没者の遺骨収集などの社会貢献活動を行っている。




正すべきは国の災害支援のあり方
直球&曲球 野口健


能登半島地震の発生から50日以上が経過した。これまでに7回、被災地に入り、避難所や在宅避難されている方々に、8666個の冬山用寝袋を届けた。それでも寝袋を求めて、朝の6時から行列ができることも。「届けても、届けても」求める人々の姿はなくならない。その悲痛な声をずっと受け止めてきた。

驚くのは、いまだに在宅避難や車中泊をされている方がとても多いということだ。「毛布1枚しか与えられず敷布団もなく、段ボールを敷いて寝ている」という被災者の声を聞き、この国は果たして先進国なのか、と悔しさのあまり、涙した。

久々に被災地から戻りテレビをつけたら国会中継をやっている。野党の追及は、自民党の派閥の政治資金パーティーの問題ばかり。「政治とカネ」への追及は理解するが、今まさにこの瞬間、国に助けを求めている多くの被災者がいるのだ。正すべきは国の災害支援のあり方であり、災害関連死をいかに防ぐかということではないのか。

被災自治体のある首長は「あの人たちは自分の意思で避難所に来ないのですから」と話していたが、実際にお会いしてみると実にさまざまな事情がある。ペットを受け入れる避難所が少なく一緒に車中泊をされている方や、家族で避難所に身を寄せたものの「家が壊れていないのになぜ狭い避難所にきたのか」と指摘され、電気も水道もない自宅に戻らざるを得なかった人もいた。その家族は真っ暗闇の中、がれきに囲まれ、一軒だけポツンと残された家で身を寄せ合うようにして過酷な生活を懸命に耐えていた。

もしも、もっと大規模な「南海トラフ地震」や「首都直下型地震」が発生したらこの国は本当に終わってしまうのではないか。


〝避難所ガチャ(当たりハズレがあるという意)〟という言葉を耳にしたが、避難所によって格差が生じてはならない。避難所に何を用意するのか、全国統一のルールを策定すべきだ。また各自治体で寝袋を用意し、備えておくこと。長期間、寒さにさらされる被災者の姿を見るのは今回で最後にすべきである。



倒壊した家屋=石川県輪島市



全くその通りですね。
政治家は何をしているのやら。








2024年2月24日土曜日

水木しげるの妖怪 百鬼夜行展

 

水木しげる生誕100周年記念

水木しげるの妖怪 百鬼夜行展を観に行ってきました。

そごう美術館。


代表作「ゲゲゲの鬼太郎」をはじめ多くの妖怪作品を生み出した水木しげるの

百鬼夜行の妖怪たちの妖怪画約100点、やっぱりプロは違いますね。

土曜日の連休で子供たちがいっぱいで、かなり混んでいましたが

十分堪能できました。



水木しげるの妖怪 百鬼夜行展 入り口


撮影OKの展示  《塗壁》



水木しげるの妖怪 百鬼夜行展



妖怪画《海坊主》



柳田國男『妖怪談義』修道社1958年5版(初版1956年) 水木しげる蔵



展示会後は、横浜の街ブラブラ。

10年ひと昔と言いますが、コロナ禍で3~4年行かなかっただけでも
街はだいぶ変わっていました。

こちらも結構楽しかったです。
やっぱり老人は歩き回らないとね。



漫画家、妖怪研究家 水木しげる氏

水木 しげる(みずき しげる 、本名:武良 茂〈むら しげる〉、1922年〈大正11年〉3月8日 - 2015年〈平成27年〉11月30日)は、日本の漫画家、妖怪研究家、紙芝居作家。大阪府大阪市住吉区出生、鳥取県境港市入船町育ち。ペンネームは、紙芝居作家時代に兵庫県神戸市の水木通り沿いで経営していたアパート「水木荘」から名付けた。1958年に漫画家デビュー。代表作となる『ゲゲゲの鬼太郎』『河童の三平』『悪魔くん』などを発表し、妖怪漫画の第一人者となる。








2024年2月23日金曜日

異国襲来と令和の日本の危機

 

私が気に入った新聞コラム


異国襲来と令和の日本の危機

文芸批評家・新保祐司



鎌倉歴史文化交流館「東アジアと鎌倉の中世」ポスター





文芸批評家 新保祐司氏

新保 祐司(しんぽ ゆうじ、1953年5月12日 - )は、日本の文芸評論家。宮城県仙台市出身。1977年東京大学文学部仏文科卒業。元都留文科大学副学長・教授。キリスト教や日本の伝統・文化に理解を示す。自らの評論を「文芸的な評論」とし、詩的な文章をつくることを主眼としている。2007年度の第8回正論新風賞を受賞。2017年度の第33回正論大賞を受賞した。



「異国襲来」と令和の日本の危機
文芸批評家・新保祐司



過日、街中を散歩していたら、一枚のポスターが眼に飛び込んで来てぎょっとした。それは、大きな波がなだれ込んで来るように描かれていて、その波立つうねりは、濃い紺、緑がかった青、濁った白で彩られている。そして、「異国襲来」という白い4文字が大きく、上の方に異国、下の方に襲来と書かれている。


モンゴル襲来から750年

何かアクチュアリティのある感覚に襲われて近づいて見ると中央に「文永の役750年」とある。そうか、モンゴル襲来の1回目の文永の役は、西暦で言えば1274年であり、今年はそれから750年に当たる年なのだ。ちなみに2回目の弘安の役は、7年後の1281年である。この記念の年ということで、鎌倉歴史文化交流館(神奈川県鎌倉市)で「東アジアと鎌倉の中世」と副題されたこの企画展が開かれているのである。

一度気がついてみると、このポスターは、街のあちこちに貼られている。散歩していて、その前を通ると歴史と現在のつながりに頭がいって緊張感がもたらされる。「異国襲来」とあって、普通に言われるモンゴル襲来とは書かれていない。それがかえって、この異国がどの国か示されず、複数かもしれないという不安をもたらす。日本の危機についてあれこれ考えていると、遠い将来、我々が生きている現代を振り返って「異国襲来 東アジアと令和の日本」というような企画展が開かれることがあるのではないかという想像に引きずり込まれそうになった。

企画展の展示の中で、円覚寺のことが触れられていた。この鎌倉五山第2位の古刹(こさつ)は、弘安5(1282)年、鎌倉幕府の執権、北条時宗によって元寇(げんこう)の両軍の戦没者追悼のために無学祖元を招いて創建された。私は、2年ほど前から円覚寺の中にある弓道場に毎週通っているが、北条時宗の廟所(びょうしょ)に参ったことはなかった。時宗は、元寇の3年後、32歳の若さで死んだ。この危機に処する緊張がどれほどのものであったかが察せられる。日露戦争の後、1年も経(た)たずに児玉源太郎が54歳で、1年半で立見尚文が61歳で死去したことが思い出される。



伝統と秩序が保持され

この日本の危機を救った執権に敬意を表したくなって冬晴れの昼下がり、円覚寺の塔頭(たっちゅう)、佛日庵にある霊廟に足を運んだ。そこには、北条時宗を詠(うた)った昭憲皇后の御歌「あだ波はふたたび寄せずなりにけりかまくら山の松の嵐に」が書かれた額がかけられていた。

この750年前の「異国襲来」を撃退したことは、日本文明にとって決定的に重要なものであったことに改めて思いが到(いた)る。ハンチントンは有名な『文明の衝突』の中で、世界には文明が8つあり、西欧、中国圏、イスラム、ヒンドゥー、スラブ、ラテンアメリカ、アフリカ、そして、日本だとした。他の文明が複数の国で構成されている中にあって、日本だけは一国で一文明の栄光を持っている。

13世紀のモンゴル襲来は、近代以前における日本文明の最大の危機であった。当時、モンゴルは、東方だけではなくユーラシア大陸の大半を席巻していた。ポーランド・ドイツ連合軍とモンゴル軍が激突し、連合軍はいとも簡単に敗れる。その後、モンゴル軍が南下してオーストリアのウィーンの郊外まで迫ったとき、モンゴルの第2代皇帝が死去し引き揚げた。

もし、このとき皇帝の死がなければ(これも、「神風」と言えるかもしれない)、ポルトガルまで進軍してユーラシア大陸全土を制覇することもありえたのではないかと想像される。そうなれば、西ヨーロッパの文明の在り方は全く変わっていたはずである。日本がモンゴルを撃退し、西ヨーロッパが侵略を受けなかったことで、ユーラシア大陸の西の狭い地域と東方の海に浮かぶ日本列島で伝統と秩序が保持されたのである。



国難の到来に備え

ユーラシア大陸の中央部では、国が興っては滅亡するという荒々しい歴史が繰り返され、文明の断絶が普通であった。しかし、西ヨーロッパでは、ローマ帝国の遺産の上にキリスト教文明が展開され、日本では、義を重んじる武士道が深化していったのである。

日本がG7に入っているのは、単に経済の規模によるだけではあるまい。西ヨーロッパと日本の文明が似ている面があるからである。この相似は、古くは、梅棹忠夫の『文明の生態史観』に説かれていたことである。司馬遼太郎は『「明治」という国家』の中で、「明治の精神とプロテスタンティズムが似ている」ことを指摘し、「もともと江戸日本が、どこかプロテスタンティズムに似ていた」のだという卓見を述べている。

北条時宗の霊廟に参った後、円覚寺の境内を歩きながら、昭憲皇后の御歌を思い出していた。「あだ波」が「ふたたび寄せずなりにけり」と言えた時代が、ついに終わることがありうる国難の到来に備えなければならない。栄光の日本文明を守ることが、「異国襲来」から750年後の日本人の使命だからである。(しんぽ ゆうじ)




鎌倉歴史文化交流館「東アジアと鎌倉の中世」ポスター




モンゴル襲来から750年。

750年前の「異国襲来」を撃退したことは、日本文明にとって決定的に重要なものであった。

日本だけは一国で一文明の栄光を持っている。

考え深いですね。








2024年2月22日木曜日

古代アメリカ文明・青山和夫編 教科書の歴史を覆す 書評・青木奈緒氏

 

『古代アメリカ文明』青山和夫編 

教科書の歴史を覆す 書評・青木奈緒(文筆家)



『古代アメリカ文明』




エッセイスト、作家、翻訳家 青木奈緒氏

青木 奈緒(あおき なお、1963年4月14日 - )は日本のエッセイスト、作家、翻訳家。随筆家青木玉の娘、幸田文の孫、幸田露伴の曾孫。東京都生まれ、学習院大学文学部ドイツ文学科卒業、同大学院修士課程修了、オーストリア政府奨学金を得てウィーンに留学。1989年より翻訳・通訳などの仕事をしながらドイツに滞在。 1998年に帰国して『ハリネズミの道』でエッセイストとしてデビューし、幸田家四代の文筆家として話題になりました。




『古代アメリカ文明』青山和夫編 
教科書の歴史を覆す 書評・青木奈緒(文筆家)


世界のあらゆる文明をさかのぼれば、「四大文明」に収束されると思ってきた。メソポタミア、エジプト、インダス、黄河。これらが大河のほとりで育まれた「文明のゆりかご」である、と。


ところがこの四大文明という文明史観は世界共通の学説ではなく、口調のいい教科書用語が長年ひとり歩きしただけなのだという。


もともといかなる文明もないところに独自に生まれた文明を「一次文明」と呼ぶのだが、この一次文明に数えられるのは世界に4つ。メソポタミアと中国、そして古代アメリカの2カ所。すなわちマヤやアステカ王国などに代表されるメソアメリカ文明と、ナスカやインカで知られるアンデス文明なのだそうだ。


これまで世界史の「常識」として疑うこともなかった四大文明が本書の序章、冒頭でいきなり覆される。1492年をコロンブスによるアメリカ大陸発見の年とするのも、なんとヨーロッパ偏重の見方だろう。それ以前のアメリカ大陸の歴史を「中南米の先住民文明」と片づけることは「さながら古代の日本列島、中国文明、アンコール・ワットに代表されるクメール文明を一括して語るような」ものだという指摘は実に痛烈だ。


本書はマヤ文明学を専門とする青山氏が3名の研究仲間とともに各々の専門分野について執筆し、メソアメリカ文明とアンデス文明を一般にも分かりやすく新書版で解説している。


人類史上最も洗練された石器による都市と文字文明を発達させたマヤ。かたや文字を持たなかったナスカの巨大な地上絵はどのように描かれ、どんな意味を持つのか。


古代アメリカ文明は驚きに満ちた未知の世界だ。それはとりもなおさず、私たちの頭が、かつて学んだ教科書記述のまま、いまだに四大文明とユーラシア大陸中心的な歴史観に縛られていることを意味する。古代アメリカ研究者たちの「現在は過去の総和である」という訴えをしかと受け止めたい。





考古学者 青山 和夫氏

青山 和夫(あおやま かずお、1962年11月7日[1] ‐ )は、日本の考古学者、茨城大学教授。京都市生まれ。1985年東北大学文学部考古学科卒、ピッツバーグ大学大学院修士、1996年博士課程修了。1997年茨城大学人文学部助教授、2006年教授。2008年日本学士院学術奨励賞受賞。1986年からホンジュラス・エントラーダ地域、コパン谷、グアテマラのアグアテカ遺跡とセイバル遺跡でマヤ文明の調査に従事。



古代アメリカ文明
非常に興味ある内容でした。










2024年2月20日火曜日

鎌倉鶴岡八幡宮内の風景と鶴岡八幡宮界隈の建築物

 

鎌倉鶴岡八幡宮内の風景と

鶴岡八幡宮界隈の建築物


■①鎌倉鶴岡八幡宮

二ノ鳥居、境内正面の交差点三ノ鳥居、鶴岡八幡宮本宮、鶴岡八幡宮本宮への石段、舞殿と本宮。



二ノ鳥居 段葛




二ノ鳥居




境内正面の交差点三ノ鳥居




鶴岡八幡宮 本宮




鶴岡八幡宮本宮への石段




鶴岡八幡宮本宮 舞殿と本宮




■②2月の鎌倉国宝館

昭和3年開館、鎌倉市の寺社伝来の彫刻・絵画・工芸・書跡・古文書・考古資料の美術館です。鉄筋コンクリート造の「高床式校倉風建築」。設計は歌舞伎座の設計で知られる岡田信一郎氏です。

今回は残念ながら休館でした。参道からみる国宝館 鶴岡八幡宮からみる国宝館。



参道からみる国宝館




鎌倉国宝館




鶴岡八幡宮からみる鎌倉国宝館 正面




■③白旗神社

手水舎、源頼朝白旗神社



白旗神社 手水舎




源頼朝 白旗神社境内




源頼朝 白旗神社




源頼朝 白旗神社



■④鎌倉カトリック雪ノ下教会

白壁に十字架が印象深い若宮大路沿いのカトリック教会「鎌倉雪ノ下教会」。1984年建築家稲富昭氏の作品です。

聖堂外側正面の壁画は、「絶えざる御助けの聖母」のモザイク像を写したものだそうです。



鎌倉カトリック雪ノ下教会




「絶えざる御助けの聖母」のモザイク像




鎌倉カトリック雪ノ下教会




■⑤史跡永福寺跡

史跡永福寺跡は鎌倉市二階堂字三堂ほかに所在する、源頼朝が建立した寺院の跡です。
発掘調査で発見された建物の基壇や苑池などを復元し、公開活用に向けた整備が終了した範囲を公開しています。

湘南工科大学長澤・井上研究室の技術により市と協働作成「AR永福寺」を現地で公開しています。永福寺の復元CG。



史跡永福寺跡 案内




史跡永福寺跡 史跡



史跡永福寺案内




発掘調査で発見された建物の基壇




発掘調査で発見された建物の基壇



史跡永福寺跡案内図




永福寺の復元CG




■⑥今移転中の旧三井住友銀行と、いつも気になる段葛横の酒屋、そして新しくできていた英国アンティーク博物館。



今移転中の旧三井住友銀行




いつも気になる段葛横の酒屋




新しくできていた英国アンティーク博物館



英国アンティーク博物館




英国アンティーク博物館



久しぶりの鎌倉寺社探訪、楽しかったです。








ジェリー・マリガン 原画

オートシェイプ画は、Excelで面と線の積み重ねで描くイラストです。なかなか面白い絵が描けます。 主に、猫・JAZZミュージシャン・POPミュージシャン・野鳥・花・人物・ポスター画等のオートシェイプ画を制作しています。 JAZZサックス奏者 「Gerry Mulligan」原画 ...