2023年6月11日日曜日

『将軍の世紀』山内昌之著   統治者から見た「徳川の平和」

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『将軍の世紀』 山内昌之著

統治者から見た「徳川の平和」 磨井慎吾氏








統治者から見た「徳川の平和」 山内昌之・東大名誉教授、
『将軍の世紀』刊行


約270年にわたる「パクス・トクガワナ(徳川の平和)」とは、いかなる時代だったのか。イスラム史の泰斗で、日本近世史への深い造詣でも知られる山内昌之・東京大名誉教授が刊行した大著『将軍の世紀』(上下巻、文芸春秋)は、徳川将軍15人の治世を追いながら、日本が諸勢力分立の中世を脱し、統一的国家体制の整備へと進むさまを描く。リーダーのあり方など、史論的要素も豊富に盛り込んだ江戸通史だ。

戦国乱世を終焉(しゅうえん)に導いた織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三英傑。その中で山内氏が最も高く評価するのは、家康という。「いま一般に人気があるのは信長で、徳川時代は退屈だと思われがちだけど、私としては疑問がある。歴史における至上価値はやはり平和であり、国民に負担を強いることなく平和を維持する君主こそが優れたリーダーなのであって、その観点から評価すれば家康、秀吉、信長の順になりますね」


家康の偉大さは、京都の天皇から自立した武家政権を樹立し、並存する豊臣政権を慎重に滅ぼして安定化への道筋をつけたことだけでなく、何より統治の継承に成功したことにある。以後、2代秀忠、3代家光と代を重ねるごとに、官僚制の整備や大名の序列化など、全国支配の土台は着実に固まっていった。


評価高い4代家綱
歴代15人の中で、地味ながら評価が高いのが4代家綱だ。「将軍はうるさいことを言わず、老中や若年寄ら高級官僚を介して統治するという徳川の行政機構が、最終的に完成を見たのが家綱の時期。こうしたシステムを整えないと、権力は永続化しない。焼失した江戸城天守の非再建決定や玉川上水の開削など大きな判断を下す一方、人間的には非常に穏やかで、家臣間の抗争も最小限に抑えた」


逆に、酷評されるのが11代家斉。その治世下、内では財政赤字や社会不安で幕府の権威が崩れ、外では極東に進出したロシアとの間で緊張が高まった。「50年間も統治して、結局何をやったのか。自らの贅沢(ぜいたく)を続けるため、北方対策などの必要な支出を惜しみ、幕府の屋台骨を自ら毀損(きそん)した。幕府瓦解(がかい)のターニングポイントは、家斉の代ですね」

また、15代慶喜の実父で、尊皇攘夷(じょうい)論の主唱者として幕末政局の重要人物となった水戸藩主・徳川斉昭に対しても、名君とする世評とは正反対のきわめて厳しい見方を示す。

「本音では開国やむなしと認めていながら、自分は長年攘夷論を唱えて地位を築いてきたから、いまさら開国派に転じるわけにはいかない、などと漏らす。政治家として、きわめて無責任な態度と言わざるを得ない。そして彼の奉じる尊皇史観は、幕府のためにという彼の主観と根本で両立しない。徳川の政治家としては、明らかに失格です」


本書の人物評価の底にあるのは、為政者としての責任感の有無だ。

「政治家の一番の評価基準は、統治者として有能であるかどうか。つまり、民に平和や幸福、繁栄、豊かさを保証できるかであって、個人の性格や倫理性は二義的な問題です」


イスラム史との比較
長年にわたってイスラム史を研究し、中東における近代化の問題を考えてきた中で、日本と比較する視点は常に持っていたという。明治以降の近代化を準備した徳川時代を見渡して、改めて現代と共通する面も多く感じたと話す。「日本の統治機構、特に天皇と将軍の関係ですね。政治的な権能を有しない江戸時代の天皇と、戦後の象徴天皇制における天皇は、近いものがあるのではないか。そうした現代の問題を考える際にも、この時代は非常に興味深いのです」(磨井慎吾)


日本の歴史学者 山内昌之氏

山内 昌之(やまうち まさゆき、1947年8月30日 - )は、日本の歴史学者(中東・イスラーム地域研究・国際関係史)。学位は、博士(学術)(東京大学・1993年)。東京大学名誉教授、武蔵野大学国際総合研究所特任教授、ムハンマド五世大学特別客員教授、株式会社富士通フューチャースタディーズ・センター特別顧問。北海道小樽市出身。東京大学教養学部助教授、東京大学大学院総合文化研究科教授、明治大学研究・知財戦略機構特任教授、三菱商事株式会社顧問、株式会社フジテレビジョン特任顧問などを歴任した。専門はイスラム地域研究と国際関係史。『スルタンガリエフの夢』(サントリー学芸賞)、『ラディカル・ヒストリー』(吉野作造賞)、『中東国際関係史研究』など著書多数。平成14年、司馬遼太郎賞。18年、紫綬褒章。









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