日本国歌・君が代(きみがよ)
アメリカ国歌The Star-Spangled Bannerを調べるついでに、興味があったので、日本国歌・君が代も調べてみました。
アメリカ合衆国の国歌として正式に採用されたのは、1931年、歌詞の題材は1814年の米英戦争。
日本の国歌として正式に採用されたのは、1880年(明治13年)、歌詞の題材は10世紀初頭に編纂された古今和歌集に収録された詠み人知らずの和歌。世界の国歌の中で最も古い歌詞とされます。
1893年(明治26年)に文部省文部大臣井上毅によって告示されました。そのテーマは皇統の永続性とされ、「君」を天皇と解釈したもののようです。原文は親しい人という意味らしい。
日本の国歌の背景にも、明治の歴的状況が反映されているということですね。
個人としては、原文の男性と女性の親しいひとでいいように思いますが、10世紀初頭の詠み人知らずの和歌を国家にするというのも、日本の歴史の奥深いところですね。
そろそろ、アメリカの属国から脱して欲しいところです。
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古今和歌集に収録された詠み人知らずの和歌 |
『君が代』(きみがよ)
君が代は
男性と女性が共に支えているこの世は
千代に八千代に
千年も幾年もの間 (日本の長い歴史を受け継ぎながら)
さゞれ石の
小さな砂がさざれ石のように (一人ひとりが個性を大事に)
巌となりて
やがて大きな盤石となって (協力しあって)
苔の生すまで
苔が生じるほど長い間栄えていきますように (この国が末永く繁栄していきますように)
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10世紀初頭に編纂された古今和歌集 |
■『君が代』(きみがよ)は、日本の国歌。『ウィキペディア(Wikipedia)』より
君が代の歌詞は10世紀初頭に編纂された古今和歌集に収録された詠み人知らずの和歌に由来します。
古今和歌集は10世紀初頭に編纂されており、世界の国歌の中で最も古い歌詞とされます。
1880年(明治13年)に西洋音楽に基づく曲が与えられ、事実上の国歌とされました。
その後、君が代を正式に日本の国歌とする法律は無かったが、1999年(平成11年)の「国旗及び国歌に関する法律」により日本の国歌とされました。
国歌としては、1869年(明治2年)、軍楽隊教官だったイギリス人ジョン・ウィリアム・フェントンが日本に国歌がないのを残念に思い、練習生を介して作曲を申し出たことを始まりとしています。
1880年(明治13年)、法律では定められなかったが、事実上の国歌として礼式曲「君が代」が採用されました。
1893年(明治26年)に文部省文部大臣井上毅によって告示された。そのテーマは皇統の永続性とされました。
■ 歌詞の解釈については、様々な議論があります。
「君」を天皇と解釈する立場と、親しい人を指すとする立場があります。
国歌としての「君が代」は、天皇を日本国の象徴、日本国民統合の象徴と位置づける日本国憲法を踏まえ、国の平和と繁栄を願うものと解釈されています。
■1985年(昭和60年)2月26日の閣議で松永光文部大臣は文部省の調査で「君が代」には3番まで歌詞があると報告している。それによれば、
君が代
一
君が代は 千代に八千代に さゞれ石の
巌となりて 苔の生すまで
二
君が代は 千尋の底の さゞれ石の
鵜のゐる磯と あらはるるまで
三
君が代は 限りもあらじ 長浜の
真砂の数は よみつくすとも
である。このうち二番は源頼政のよんだ歌、三番は光孝天皇の大嘗祭に奉られた歌である。
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日本国 国旗 |
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