2025年7月17日木曜日

インドの人生観・中国の人生観

 

インドの人生観・中国の人生観 Gemini要約


現在私の年齢は、林住期(りんじゅうき)を過ぎて、

いよいよ林住期(りんじゅうき)に入る時が近づいているので、

ここで、改めて、インドの人生観・中国の人生観を、見直すことにしました。


以前に読んだ、五木寛之氏の「百歳人生を生きるヒント」で大まかなことは理解しているつもりですが、今回改めて、「インドの人生観・中国の人生観」を、AiのGeminiで要約してみました。

なかなか、面白かったです。

再度、これからの人生の指針にしたいと思っています。



■インドの人生観


インドの人生観


■インドの人生観 Gemini要約

インドの人生観は、非常に多角的で奥深いものですが、いくつかの主要な概念が共通して見られます。


1. 四つの人生の目的(プルシャールタ)

古代インドの聖者たちは、人生には以下の四つの目的があると考えていました。


ダルマ(Dharma) 

宇宙の法則、道徳、倫理、義務などを意味します。個人は、自分自身の役割や社会的な立場に応じた正しい行いをすることが求められます。これは、自然の摂理に従い、調和を保つ生き方を指します。


アルタ(Artha)

物質的な富、繁栄、成功を意味します。インドの思想では貧困を推奨せず、正しい手段によって富を築くことは望ましいとされています。ただし、ダルマに沿った方法で得られることが重要です。


カーマ(Kama)

欲望、快楽、愛情などを意味します。肉体的、精神的な満足を追求することも人生の一部として肯定されます。これもまた、ダルマの範囲内で行われるべきとされます。


モクシャ(Moksha)

輪廻からの解脱、精神的な解放、自由を意味します。これは、物質的な束縛や苦しみから解放され、真の自己(アートマン)と宇宙の根本原理(ブラフマン)が一体であることを悟るという、究極の目標です。


これらの目的は、それぞれ独立しているのではなく、相互に関連し合い、最終的にはモクシャへと繋がる道として捉えられています。



2. 四住期(アシュラマ)

人生を四つの段階に分け、それぞれの段階で異なる役割や生き方が理想とされていました。


学生期(ブラフマチャリヤ) 

学生として学び、知識や規律を身につける時期。


家住期(グリハスタ)

家庭を持ち、社会的な役割を果たし、富を築く時期。


林住期(ヴァーナプラスタ) 

子どもが独立し、社会的な責任から離れて精神的な探求を始める時期。


遊行期(サンニャーサ)

全ての物質的な執着を捨て、放浪しながら解脱を目指す時期。


これはあくまで理想的なモデルであり、現代のインド社会でそのまま実践されているわけではありませんが、人生の各段階における心のあり方や目的の指針として考えられています。




3. 輪廻転生とカルマの思想

インドの人生観の根底には、輪廻転生(Samsara)とカルマ(Karma)の思想があります。


輪廻転生

魂は死後も生まれ変わりを繰り返すという考え方です。


カルマ

人間の行為とその結果は、善悪を問わず、必ず自分に返ってくるという因果応報の法則です。良い行いをすれば良い結果が、悪い行いをすれば悪い結果がもたらされると考えられ、これは来世にも影響するとされます。


この思想は、個人の行動に倫理的な責任を持たせ、現世の生き方が未来を決定するという考え方を育んでいます。苦しみは利己的な欲望から生まれるという認識があり、苦からの解放は自己の真の本質に帰ること(「サット・チット・アーナンダ」:純粋な存在、純粋な知、純粋な喜び)であるとされます。



4. 平等ではないという考え方と多様性

現代の民主主義思想では「すべての人は平等に創造されている」とされますが、インドの伝統的な思想では、人間は平等に生まれてくるわけではないという見方もあります。これはカースト制度とも関連しますが、現代ではその解釈や受け止め方も多様化しています。

また、インドは非常に多様な文化、宗教、哲学が共存する国であり、個々の人々の人生観も多岐にわたります。しかし、上記のような基本的な概念は、多くのインド人の精神的な基盤に深く根付いています。



5. 結果への執着を手放す

「バガヴァッド・ギーター」などの聖典には、「執着を捨て、成功と失敗を平等のものと見て、ヨガに立脚して諸々の行為をせよ。ヨガは平等の境地であると言われる」という教えがあります。これは、結果に過度に執着することなく、目の前の行為に専念することの重要性を示しています。インドでは、自分の力ではどうにもならないことが多いという現実から、予定通りにいかなくても臨機応変に対応する能力が高い人が多いとも言われます。

これらの要素が複合的に絡み合い、インドの豊かな人生観を形成しています。





■中国の人生観


中国の人生観



■中国の人生観 Gemini要約


■中国の四住期
インドの人生観に見られる「四住期(アシュラマ)」のような明確な形で、人生を特定の段階に区切り、それぞれの時期に特定の役割や生き方を割り当てる体系は、中国の伝統思想には直接的に存在しません。
しかし、中国の主要な思想である儒教、道教、仏教のそれぞれの観点から、人生の段階や理想的な生き方について考えることはできます。


■儒教における人生の段階(非公式な区分)
儒教は、社会における個人の役割と倫理を重視するため、人生を以下のような成長段階として捉えることがあります。これは、厳密な「期」として定められているわけではありませんが、孔子の言葉にその思想が見て取れます。

15歳にして学に志す(志学) 
学問に専念し、基本的な知識や教養を身につける時期。

30歳にして立つ(而立)
経済的にも精神的にも自立し、自分の立場を確立する時期。

40歳にして惑わず(不惑)
迷いがなくなり、信念を持って物事に取り組めるようになる時期。

50歳にして天命を知る(知天命)
自分の人生の使命や役割を理解し、運命を受け入れる時期。

60歳にして耳順う(耳順) 
人の意見を素直に聞くことができ、何を聞いても動じなくなる時期。

70歳にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず(従心)
自分の思うままに行動しても、道理に外れることがなくなる時期。

これは孔子の個人的な体験を語ったものではありますが、儒教的な理想の人間像が、年齢を重ねるごとにどのように成長し、完成していくかを示唆していると解釈できます。社会に貢献し、倫理的な模範となることを目指す人生観が根底にあります。




■ 陰陽五行説における四季と人生の段階の対応

■ 春: 青春(せいしゅん) - 青(木)- 人生の芽吹き、成長期
■ 夏: 朱夏(しゅか) - 朱(火)- 人生の盛り、活動期
■ 秋: 白秋(はくしゅう) - 白(金)- 人生の実り、円熟期
■ 冬: 玄冬(げんとう) - 玄(黒)- 人生の終盤、内省期、あるいは幼少期


■陰陽五行説の「青春」

陰陽五行説における「青春」とは、単に「若い時代」という意味合いだけでなく、古代中国の思想に基づいた深い意味合いを持っています。
陰陽五行説では、宇宙のあらゆるものが「木・火・土・金・水」の5つの要素(五行)に分類され、それぞれが季節、色、方角、臓器など様々なものと対応すると考えられています。

この五行説において、
春 は 「木(もく)」 に対応します。木は芽吹き、成長し、生命力が満ち溢れる季節を表します。
木 に対応する色は 「青(せい)」 です。新緑の季節を思わせる、鮮やかな青や緑色が当てられます。
このように、**「春」という季節と、その季節を象徴する「青」という色が結びつき、「青春」**という言葉が生まれました。

したがって、陰陽五行説における「青春」は、以下のような意味合いを含んでいます。

生命力の旺盛な時期
木が力強く成長するように、人生において最も活気に満ち、発展していく時期を指します。

始まりと希望
春が新しい生命の始まりであるように、未来への希望に満ちた、可能性を秘めた時期を表します。

未熟さと成長
芽吹いたばかりの木がまだ未熟であるように、経験が少なく、これから成長していく段階も示唆します。
また、陰陽五行説では、「青春」以外の季節にもそれぞれ色と名称が割り当てられています。

春: 青春(せいしゅん) - 青(木)
夏: 朱夏(しゅか) - 朱(火)
秋: 白秋(はくしゅう) - 白(金)
冬: 玄冬(げんとう) - 玄(黒)

これらの言葉は、それぞれの季節や、それに当てはまる人生の段階を表す言葉として使われます。「青春」が人生の若々しい成長期を指すように、「朱夏」は壮年期の活動的な時期、「白秋」は老年期の円熟した時期、「玄冬」は晩年期を表すことがあります。
このように、陰陽五行説における「青春」は、単なる若さの象徴に留まらず、自然の摂理と人生のサイクルを重ね合わせた、奥深い意味を持つ言葉なのです。



■陰陽五行説の「朱夏」

陰陽五行説における「朱夏(しゅか)」も、「青春」と同様に、古代中国の五行思想に基づいた季節と人生の段階を表す言葉です。

陰陽五行説では、宇宙のあらゆるものが「木・火・土・金・水」の5つの要素(五行)に分類され、それぞれが季節、色、方角、臓器などと対応します。

この五行説において、

夏 は 「火(か)」 に対応します。火は燃え盛る炎のように、情熱、活動、成長の極みを表す季節です。
火 に対応する色は 「朱(しゅ)」、すなわち赤色です。燃える太陽や炎の色が当てはまります。
このように、**「夏」という季節と、その季節を象徴する「朱」という色が結びつき、「朱夏」**という言葉が生まれました。

したがって、陰陽五行説における「朱夏」は、以下のような意味合いを含んでいます。

最も活動的な時期
太陽が最も高く輝き、生命が最も活発に活動する夏のように、人生において最も精力的に活動し、能力を最大限に発揮する時期を指します。

情熱と成熟
燃え盛る炎のように、情熱に満ち、目標に向かって邁進する時期。また、「青春」で培ったものが成熟し、実を結び始める段階でもあります。

社会的役割の遂行
多くの場合、仕事や家庭において中心的な役割を担い、責任を果たす壮年期にあたると考えられます。
「青春」が若々しい成長期を指すのに対し、「朱夏」は、その成長を経て社会の中心で活躍する、人生の「盛り」の時期を意味します。具体的な年齢で区切ることはできませんが、一般的には30代から50代、あるいは60代前半までの壮年期が「朱夏」にあたると解釈されることが多いです。

四季と五行の色、そして人生の段階の対応は以下のようになります。

春: 青春(せいしゅん) - 青(木)- 人生の芽吹き、成長期
夏: 朱夏(しゅか) - 朱(火)- 人生の盛り、活動期
秋: 白秋(はくしゅう) - 白(金)- 人生の実り、円熟期
冬: 玄冬(げんとう) - 玄(黒)- 人生の終盤、内省期(※時に、人生の始まりを玄冬とする考え方もあります)

「朱夏」は、人生において最も充実し、エネルギーに満ちた時期を象徴する言葉として、現在でもその含意が使われています。



■陰陽五行説の「白秋」

陰陽五行説における「白秋(はくしゅう)」は、「青春」「朱夏」と同様に、季節と色、そして人生の段階を関連付けた言葉です。

陰陽五行説では、万物は「木・火・土・金・水」の五つの要素(五行)に分類され、それぞれが季節、色、方角、臓器など様々なものと対応すると考えられています。

この五行説において、
秋 は 「金(きん)」 に対応します。金は、実りの季節、収穫、そして物事が成熟し、整理されていく段階を表します。金属のように硬く、鋭い性質も持ち合わせています。
金 に対応する色は 「白(はく)」 です。これは、収穫後の稲穂の白さ、あるいは金属の光沢、さらには白髪など、熟成や老成を表す色とされます。

このように、**「秋」という季節と、その季節を象徴する「白」という色が結びつき、「白秋」**という言葉が生まれました。

したがって、陰陽五行説における「白秋」は、以下のような意味合いを含んでいます。

円熟と実りの時期
人生において、経験を積み重ね、知識や知恵が豊富になった時期を指します。「朱夏」で培ったものが実を結び、成果が現れる段階でもあります。

内省と整理の時期
収穫を終え、冬に向けて準備を始める秋のように、これまでの人生を振り返り、整理し、内面を深める時期でもあります。

穏やかさと安定
激しい活動期を過ぎ、精神的に落ち着き、安定した状態を表します。白髪が増えるなど、身体的な変化も現れることが多い時期です。

責任からの解放
社会的な役割の中心から徐々に退き、個人的な時間を楽しむ時期でもあります。

「青春」が人生の始まりと成長、「朱夏」が人生の絶頂期と活動を指すのに対し、「白秋」は、その後の成熟し、円熟した時期、すなわち老年期を表すことが多いです。詩人・北原白秋の雅号も、この「白秋」にちなんで付けられたとされています。彼が16歳の時にこの号を使い始めたのは、当時としては非常に老成した感性を持っていたことを示唆するとも言われます。

陰陽五行説における四季と人生の段階の対応は以下のようになります。

春: 青春(せいしゅん) - 青(木)- 人生の芽吹き、成長期
夏: 朱夏(しゅか) - 朱(火)- 人生の盛り、活動期
秋: 白秋(はくしゅう) - 白(金)- 人生の実り、円熟期
冬: 玄冬(げんとう) - 玄(黒)- 人生の終盤、内省期

このように、「白秋」は単なる年齢を表すだけでなく、人生の豊かさ、深み、そして知恵が凝縮された時期を象徴する言葉として用いられています。



■陰陽五行説の「玄冬」

陰陽五行説における「玄冬(げんとう)」も、「青春」「朱夏」「白秋」と同様に、季節と色、そして人生の段階を関連付けた言葉です。

陰陽五行説では、宇宙のあらゆるものが「木・火・土・金・水」の5つの要素(五行)に分類され、それぞれが季節、色、方角、臓器などと対応します。

この五行説において、
冬 は 「水(すい)」 に対応します。水は、万物が活動を休止し、内へ内へと凝縮していく時期、そして再生への準備期間を表します。深く静かで、生命の源となる性質を持ちます。
水 に対応する色は 「玄(げん)」、すなわち黒色です。これは、夜の闇、深淵、あるいは生命の始まりの色とされます。深みがあり、ほとんど光を通さないような色合いです。
このように、**「冬」という季節と、その季節を象徴する「玄」という色が結びつき、「玄冬」**という言葉が生まれました。

したがって、陰陽五行説における「玄冬」は、以下のような意味合いを含んでいます。

休息と再生の時期
自然界が活動を停止し、生命が次の春に向けてエネルギーを蓄える冬のように、人生において内省し、力を蓄え、新たな始まりに備える時期を指します。

生命の始まりと終わり
一説には、人生の始まりである幼少期や、人生の終盤である晩年期を表すとされます。特に晩年期においては、これまでの人生を静かに振り返り、精神的な深みを増す時期とも解釈されます。

深遠と静寂
黒が持つ深さや静けさのように、外に向かって活動するのではなく、内面に向き合い、精神性を高める時期でもあります。

「青春」が人生の始まりと成長、「朱夏」が人生の絶頂期と活動、「白秋」が人生の円熟期と実りを指すのに対し、「玄冬」は、より深い内省や、次のサイクルへの準備期間、あるいは人生の終焉に近い時期を示すことが多いです。ただし、一部では幼少期を指す場合もあり、それは季節が巡るように人生も繰り返されるという思想に基づいています。

陰陽五行説における四季と人生の段階の対応は以下のようになります。

春: 青春(せいしゅん) - 青(木)- 人生の芽吹き、成長期
夏: 朱夏(しゅか) - 朱(火)- 人生の盛り、活動期
秋: 白秋(はくしゅう) - 白(金)- 人生の実り、円熟期
冬: 玄冬(げんとう) - 玄(黒)- 人生の終盤、内省期、あるいは幼少期
このように、「玄冬」は単に冬の季節を表すだけでなく、人生の深淵、静寂、そして次の段階への準備期間を象徴する、奥深い意味を持つ言葉なのです。








2025年7月15日火曜日

日本国歌・君が代(きみがよ)

 

日本国歌・君が代(きみがよ)


アメリカ国歌The Star-Spangled Bannerを調べるついでに、興味があったので、日本国歌・君が代も調べてみました。


アメリカ合衆国の国歌として正式に採用されたのは、1931年、歌詞の題材は1814年の米英戦争。


日本の国歌として正式に採用されたのは、1880年(明治13年)、歌詞の題材は10世紀初頭に編纂された古今和歌集に収録された詠み人知らずの和歌。世界の国歌の中で最も古い歌詞とされます。


1893年(明治26年)に文部省文部大臣井上毅によって告示されました。そのテーマは皇統の永続性とされ、「君」を天皇と解釈したもののようです。原文は親しい人という意味らしい。


日本の国歌の背景にも、明治の歴的状況が反映されているということですね。


個人としては、原文の男性と女性の親しいひとでいいように思いますが、10世紀初頭の詠み人知らずの和歌を国家にするというのも、日本の歴史の奥深いところですね。


そろそろ、アメリカの属国から脱して欲しいところです。




古今和歌集に収録された詠み人知らずの和歌 




『君が代』(きみがよ)


君が代は
男性と女性が共に支えているこの世は


千代に八千代に 
千年も幾年もの間 (日本の長い歴史を受け継ぎながら)

さゞれ石の
小さな砂がさざれ石のように (一人ひとりが個性を大事に)

巌となりて
やがて大きな盤石となって (協力しあって)

苔の生すまで
苔が生じるほど長い間栄えていきますように (この国が末永く繁栄していきますように)





10世紀初頭に編纂された古今和歌集 




■『君が代』(きみがよ)は、日本の国歌。『ウィキペディア(Wikipedia)』より


君が代の歌詞は10世紀初頭に編纂された古今和歌集に収録された詠み人知らずの和歌に由来します。

古今和歌集は10世紀初頭に編纂されており、世界の国歌の中で最も古い歌詞とされます。

1880年(明治13年)に西洋音楽に基づく曲が与えられ、事実上の国歌とされました。

その後、君が代を正式に日本の国歌とする法律は無かったが、1999年(平成11年)の「国旗及び国歌に関する法律」により日本の国歌とされました。


国歌としては、1869年(明治2年)、軍楽隊教官だったイギリス人ジョン・ウィリアム・フェントンが日本に国歌がないのを残念に思い、練習生を介して作曲を申し出たことを始まりとしています。

1880年(明治13年)、法律では定められなかったが、事実上の国歌として礼式曲「君が代」が採用されました。

1893年(明治26年)に文部省文部大臣井上毅によって告示された。そのテーマは皇統の永続性とされました。



■ 歌詞の解釈については、様々な議論があります。

「君」を天皇と解釈する立場と、親しい人を指すとする立場があります。

国歌としての「君が代」は、天皇を日本国の象徴、日本国民統合の象徴と位置づける日本国憲法を踏まえ、国の平和と繁栄を願うものと解釈されています。




■1985年(昭和60年)2月26日の閣議で松永光文部大臣は文部省の調査で「君が代」には3番まで歌詞があると報告している。それによれば、


君が代

一
君が代は 千代に八千代に さゞれ石の
巌となりて 苔の生すまで


二
君が代は 千尋の底の さゞれ石の
鵜のゐる磯と あらはるるまで


三
君が代は 限りもあらじ 長浜の
真砂の数は よみつくすとも
である。このうち二番は源頼政のよんだ歌、三番は光孝天皇の大嘗祭に奉られた歌である。




日本国 国旗









2025年7月12日土曜日

The Star-Spangled Banner (星条旗)

 

The Star-Spangled Banner (星条旗)


先日の7月4日がアメリカ独立記念日で、アメリカ国歌のThe Star-Spangled Bannerが、

ネット上でも盛んに流れていました。

少し興味があり、アメリカ国歌The Star-Spangled Bannerを調べてみました。


この国歌は、1814年の米英戦争、マクヘンリー砦の戦いでのアメリカの勝利を記念して書かれましたものだと、初めて知りました。


1776年7月4日がアメリカの独立記念日ですが、独立宣言後も、アメリカはイギリスとの独立戦争を戦い、1783年に正式に独立を達成しています。

その国歌が1814年の米英戦争、「ボルティモアの戦い」が題材と言うことが、いかにもアメリカらしいですね。


アメリカ合衆国の国歌として正式に採用されたのは、1931年3月3日だそうですが、

そのころすでに、アメリカが世界のトップとして君臨していたということですね。

しかし今、世界に君臨したアメリカも、国内の分裂の危機で、翳りが見えてきています。

歴史は非常に興味深いですね。



マクヘンリー砦 国旗


The Star-Spangled Banner


「The Star-Spangled Banner」は、アメリカ合衆国の国歌の英語タイトルで、日本語では「星条旗」と訳されます。直訳すると「星の輝く旗」という意味です。1814年に弁護士のフランシス・スコット・キーによって書かれた詩が基になっており、米英戦争中のマクヘンリー砦の戦いを題材にしています。


詳細:

タイトル:The Star-Spangled Banner (星条旗).

意味:「星の輝く旗」という直訳の通り、アメリカの国旗を指します。

作詞: 35歳の詩人・弁護士のフランシス・スコット・キー.

作曲: イギリスの作曲家ジョン・スタッフォード・スミス (歌詞は彼の曲にのせて歌われる).

背景:1814年の米英戦争、マクヘンリー砦の戦いでのアメリカの勝利を記念して書かれました。

国歌としての採用: ハーバート・フーヴァー大統領時の1931年にアメリカ合衆国の国歌として正式に採用されました。

つまり、「The Star-Spangled Banner」は、アメリカの国歌であり、アメリカの国旗を指す言葉であり、アメリカの歴史と密接に結びついた象詞であると言えます。



1番

言って、見えますか  

Oh(O) say can you see, 


夜明けの早い光の中で  

by the dawn's early light,


私たちが誇らしげに称賛したこと

What so proudly we hailed 


黄昏の最後の輝きで?

at the twilight's last gleaming,


その幅広の縞模様と明るい星は

Whose broad stripes and bright stars 


危険な戦いを乗り越えて

through the perilous fight,


城壁の向こうで僕らは眺めた

O'er the ramparts we watched, 


とても勇敢に、そう、ストリーミングしていましたか?

were so gallantly streaming.


そしてロケットの赤い輝き

And the rocket's red glare,


空中で爆発する爆弾

the bombs bursting in air,


一晩中証拠を提出した

Gave proof through the night


私たちの旗がまだそこにあったことを

that our flag was still there;


ああ、あの星条旗はまだ揺れているだろうか

Oh (O)say does that star-spangled banner yet wave


自由の国、そして勇敢な者の故郷

O'er the land of the free and the home of the brave?



米英戦争(1812年)とアメリカ国旗


■ 歌詞

『星条旗』の歌詞には多少の揺れがあるが、何が正式なものかは定められていない。

歌詞は4番まであるが、1番以外が歌われることは少ない。

アメリカ本国出身者でも2番の歌詞までしか知らない場合が多い。

とくに3番は内容が強く反英的であることから通常は歌われない。

3番は南北戦争の頃の価値観ですら問題視されていた。

歌詞にいう「rocket」を日本語訳では「狼煙」「砲火」「砲弾」等と翻訳されるが、これはフォートマクヘンリーへの砲撃で発射されたコングリーヴ・ロケットのことである。



原文

1番

Oh(O) say can you see, by the dawn's early light,

What so proudly we hailed at the twilight's last gleaming,

Whose broad stripes and bright stars through the perilous fight,

O'er the ramparts we watched, were so gallantly streaming.

And the rocket's red glare, the bombs bursting in air,

Gave proof through the night that our flag was still there;

Oh (O)say does that star-spangled banner yet wave

O'er the land of the free and the home of the brave?


2番

On the shore dimly seen through the mists of the deep,

⁠Where the foe's haughty host in dread silence reposes,

What is that which the breeze, o'er the towering steep,

⁠As it fitfully blows, half conceals, half discloses?

Now it catches the gleam of the morning's first beam,

In full glory reflected now shines on the stream,

'Tis the star-spangled banner, O! long may it wave

O'er the land of the free and the home of the brave.


3番

And where is that band who so vauntingly swore

That the havoc of war and the battle's confusion,

A home and a country should leave us no more?

Their blood has washed out their foul footsteps' pollution.

No refuge could save the hireling and slave,

From the terror of flight, or the gloom of the grave,

And the star-spangled banner in triumph doth wave,

O'er the land of the free and the home of the brave.


4番

Oh(O)! thus be it ever, when freemen shall stand,

Between their lov'd home and the war's desolation,

Blest with vict'ry and peace, may the Heav'n rescued land,

Praise the Power that hath made and preserv'd us a nation!

Then conquer we must, when our cause it is just,

And this be our motto—"In God is our Trust;"

⁠And the star-spangled Banner in triumph shall wave,

O'er the land of the free and the home of the brave.



■ 原文の日本語訳 

1番

おお、君は見えるだろうか。夜明けの薄明りの中

黄昏の僅かな光の下に掲げられた我々の歓喜を浴びる誇り高きものが

その太い縞模様と輝く星々は危険に満ちた戦いを潜りぬけ

城壁の上で勇ましく翻っているあの旗を

ロケットの赤い光が、空中で破裂する爆弾が

我々の旗がまだそこに在るのを夜を徹して証明していた

おお、あの星条旗はまだたなびいているだろうか

自由の大地であり、勇者の故郷でもある場所で


2番

濃い霧の岸辺にかすかに見える

恐れおののき息をひそめる敵の軍勢が

切り立つ崖の向こうで

気まぐれに吹く微風に見え隠れする

朝日を受け栄光に満ちて輝きはためく

星条旗よ、長きに渡り翻らん

自由の大地であり、勇者の故郷でもある場所で


3番

戦争による破壊と混乱を自慢げに断言した奴等は何処へ

家も国もこれ以上我々を見捨てはしないと

彼等の邪悪な足跡は彼等自らの血で贖われたのだ

敗走の恐怖と死の闇の前では

どんな慰めも傭兵や奴隷達の救いたりえず

そして勝利の中で星条旗は翻る

自由の大地であり、勇者の故郷であるその場所で


4番

おお、自由の民が立つ時、常にこうであれ

愛する家と戦争の荒廃の間で

勝利と平和に祝福された天に救われた地が

国家を創り守りたもうた力を讃えよ

正義の大義がある時、我らは必ず勝利を収めねばならない

そして我々のモットーは「神を信じる」ということ

そして勝利の中で星条旗は翻る

自由の大地であり、勇者の故郷であるその場所で



ボルチモアにある要塞「フォート・マクヘンリー」はアメリカの国歌「星条旗」が生まれた場所





2025年7月9日水曜日

日本人の特性について 伊藤貫氏

 

気に入ったYouTube記事

日本人の特性について 伊藤貫氏


日本の評論家、国際政治アナリスト、米国金融アナリスト、政治思想家 伊藤貫氏がYouTubeで、「日本人の特性について」を論じていました。

書き起こして掲載します。


日本人というのは、ものすごく権威に対して従順ですよね。権威が好きなんですよ。

今の時代は、これが権威だと言うと、みんながそっちの方向に行く。

明治維新以降は西洋文明の権威に傾注し、

戦争に負けたら、今度はアメリカが権威になって、何でもいいから、みんなアメリカの真似をするということになった。

という、この見解は、全くその通りだと思います。


政治の世界でも、NO.1の国はアメリカなんだから、アメリカ政府の言い分を全部受け入れるというのも、そろそろ限界に来ていますね。

しかし、残念ながら大局的にものを考える政治家がいません。



寺子屋:驚くべき江戸時代の教育力




日本人の特性について 伊藤貫氏


日本人というのは、ものすごく権威に対して従順ですよね。権威が好きなんですよ。
今の時代は、これが権威だと言うと、みんながそっちの方向に行く。

日本人の家族構造にしても、みんなが自分の意見を持って、それで意見を交換しているというよりも、誰か権威のある人が「こっちの方向に行こう」と言うと、みんな、それに従っていく。

時々ね、僕ね、戦前までって言うか、多分ね、1980年まで日本人と言うのは、日米戦争には失敗したけれども、明治維新以降、西洋文明を自分たちで、いち早く取り入れたのは、アジアの中で我々日本人だけだったと思っている。

要するに、確かにその通りで、1870年代から西洋文明を真似するスピードの速さは、他のアジア人には、とても真似のできない速さだった。

しかし、残念なことに、当時のヨーロッパは、イギリスが帝国主義で、ドイツが軍国主義でした。そうすると、日本人はみんなイギリスの帝国主義とドイツの軍国主義を真似するということになった。

それで、戦争に負けたら、今度はアメリカが権威になって、何でもいいから、みんなアメリカの真似をするということになった。

だからね、ちょっと変な言い方だけど、僕はアメリカに長く住んでいるんですけど、あまり、アメリカ人の真似をしないんですよ。

それでね、アメリカに長く住んでいる僕よりも、東京に住んでいる日本人の方が、よっぽどアメリカ人の言うことを真似したがる。いつも何でこんなにあれなんだろ。

結局、僕が感じたのは日本人の多くは、今はアメリカがNO.1だと思っている。
とにかくNO.1の国はアメリカなんだから、それを受け入れればいいんだと。

という形で、ものすごく素直にアメリカの流行とか、アメリカ政府の言い分を全部受け入れる。

だけど、僕から見ると、そんなに、疑いもせずに、アメリカ文明のあり方とか、アメリカの経済運営とか、アメリカの軍事政策とか、そういうのを全部真似するのは、僕はおかしいと思う。

日本人ぐらい、ハーバード、ハーバードって言いたがる。
外国の権威が好きで、外国の権威を真似したくてしょうがない。

アメリカでは表面的には民主党がインテレクチャルオーソリティ、知的な権威というものを握っている。

それに比べて共和党は教育レベルの低い人たちと思われている。

アメリカでは、日本から見ると、民主党の知識人、民主党系の学者が、知的なリーダーシップを握っているように見える。

本当の問題は、最近60年間、アメリカの大学教育だけではなく、高校の教育も、どんどん落ちてきて、アメリカの教育界全体が、すごく教育レベルが低くなってきているということです。



江戸のデザイン 装丁は横尾忠則氏




国際政治アナリスト、米国金融アナリスト、政治思想家 伊藤貫氏

伊藤 貫(いとう かん、1953年〈昭和28年〉- )は、日本の評論家、国際政治アナリスト、米国金融アナリスト、政治思想家。アメリカ・ワシントンD.C.在住。東京大学経済学部卒業。アメリカのコーネル大学で国際政治学と外交史を学ぶ。姉は政治家の山谷えり子。東京都出身。ワシントンD.C.のビジネス・コンサルティング会社とロビイスト事務所で国際政治・米国金融アナリストとして勤務。『フォーリン・ポリシー』『シカゴ・トリビューン』『ロサンゼルス・タイムズ』『正論』『Voice』『週刊東洋経済』等に、外交評論と金融分析を執筆。CNN、CBS、BBC等の政治番組で、外交・国際関係・金融問題を解説。ワシントンに30年間在住。著書に『自滅するアメリカ帝国』(文春新書)、『中国の核戦力に日本は屈服する』(小学館101新書)などがある。








2025年7月7日月曜日

日本人の価値判断について 伊藤貫氏


気に入ったYouTube記事

日本人の価値判断について 伊藤貫氏


日本の評論家、国際政治アナリスト、米国金融アナリスト、政治思想家 伊藤貫氏がYouTubeで、「日本人の価値判断」を論じていました。

書き起こして掲載します。


個人的にも、明治維新の功罪について、何か引っかかるものがありました。

奈良時代から江戸時代までの日本人の思考力と価値判断が、

明治維新から失われてきたという見解は、その通りだと思います。

戦争に突入してしまった原因も、欧米諸国の経済技術と軍事技術導入を優先し、

大事な日本の価値判断能力による、思考を失ってしまったことによるものだと感じます。





徳川最後の将軍 慶喜




日本人の価値判断について 伊藤貫氏


日本人の価値判断っていうのは、奈良時代から江戸時代まで、仏教と漢学(中国の古典、特に高愛、孟子、韓非子、荀子、孫子)を学ぶことによって考えが深くなったと思う。

しかし、明治維新から失敗してきた。


明治維新で、薩摩と長州は、国学思想、水戸学を用いた。その国学思想、水戸学は、仏教と中国の古典、漢籍、漢学に関して非常に侮蔑的である。

仏教はいらない、廃仏毀釈だという考えである。それらはインドから借りてきた思想だからいらないという考えだった。


漢学は漢心(からごころ)だ、我々は大和心を大切にしていればいいという考え。
せっかく日本人というのは仏教と漢学と日本的な価値観(武士道、天皇制、万葉集)の3つをコンビネーションにして日本人の思考力を深めていったのに、明治維新というのはこの二つを棄て、欧米諸国の真似をすればいいと言い、欧米諸国の経済技術と軍事技術を猿真似することばかりをやり始めた。


それで日本人の倫理規範は何ですか?ていうと、侍だと、サムライ精神だと、あと天皇陛下万歳とか、それだけになって日本人の形而上的な思想能力がどんどん浅くなってきた。


それで、それをやってアメリカとの戦争に負けたでしょう。
そうすると今度はアメリカニズムで、何でもいいからアメリカの真似をすればいいんだと。
しかし、アメリカって国は困ったことに、ヨーロッパよりもはるかに哲学的じゃないです。


アメリカ人は哲学が嫌い。アメリカ人は、「プラグマティズム」と「マテリアリズム」の国だから、物資主義とか、拝金主義、お金と物質が欲しいと。


そうすると過去80年間は、アメリカのプラグマティズムと拝金主義、マテリアリズムを表面的に、これまた一生懸命、猿真似すればいいと、そういう事をやってきた。


だから、明治維新で日本人の思考力と、深い思考力というのを半分くらい壊して、それでアメリカとの戦争に負けて、今度はアメリカの安っぽい、すごく表面的なマテリアリズムと、それからプラグマティズムを猿真似して、とにかく役にたつことをやればいいんだと。で、結果を出せ!結果を出せ!と。結果の問題なんだと。


こういう非常に単純な価値判断能力しか持てなくなった。


それで、そういう非常に浅い価値判断能力しか持たなくなったので、日本が今のような窮状に追い詰められている。


どうしようもないほど厳しい地政学的な環境に追い詰められてきたんですけれど、それでも自分たちは、どうしたらいいのか、今の日本にはどういう軍事能力が必要なのかと、そういう事を自分たちで議論できなくなってしまった。


そうすると、とにかく、日本人のものを考える能力が、ワシントンから見ていると、完全に麻痺しているようにしか見えない。


ウクライナ戦争をやったのは日本の国益にとって明らかにマイナスです。
ウクライナ戦争は日本にとってマイナスだったと、保守派の新聞が書けない。
ウクライナ戦争頑張れ、ばかり。何でこんなバカな戦争をやったんだと言うべきです。


だから、日本政府としては、アメリカ政府に一刻も早くウクライナ戦争をやめてくれと、言うべきなんですけど、日本の外務省はそういう風には言っていない。





日本の評論家、国際政治アナリスト、米国金融アナリスト、政治思想家 伊藤貫氏


伊藤 貫(いとう かん、1953年〈昭和28年〉- )は、日本の評論家、国際政治アナリスト、米国金融アナリスト、政治思想家。アメリカ・ワシントンD.C.在住。東京大学経済学部卒業。アメリカのコーネル大学で国際政治学と外交史を学ぶ。姉は政治家の山谷えり子。東京都出身。ワシントンD.C.のビジネス・コンサルティング会社とロビイスト事務所で国際政治・米国金融アナリストとして勤務。『フォーリン・ポリシー』『シカゴ・トリビューン』『ロサンゼルス・タイムズ』『正論』『Voice』『週刊東洋経済』等に、外交評論と金融分析を執筆。CNN、CBS、BBC等の政治番組で、外交・国際関係・金融問題を解説。ワシントンに30年間在住。著書に『自滅するアメリカ帝国』(文春新書)、『中国の核戦力に日本は屈服する』(小学館101新書)などがある。










2025年7月3日木曜日

初夏の花 疑宝珠、合歓木、紫君子蘭、紫木蓮、紫陽花、凌霄花

 

初夏の花

散策路、帷子川、親水緑道の初夏の花

疑宝珠、合歓木、紫君子蘭、紫木蓮、紫陽花、凌霄花


ちょっと風が強い初夏でした。





疑宝珠 自宅庭




疑宝珠 自宅庭




合歓木 帷子川河川 




合歓木 帷子川河川 




合歓木 帷子川河川 




紫君子蘭 親水緑道 




紫君子蘭 親水緑道 




紫木蓮 散策路 




紫陽花 自宅庭 




紫陽花 自宅庭 




凌霄花 散策路 




鎌倉妙本寺の凌霄花が懐かしいですね。



鎌倉妙本寺の凌霄花









2025年7月2日水曜日

初夏の野鳥 青鷺、川鵜

 

初夏の野鳥 

帷子川の

青鷺、川鵜


初夏の帷子川

日差しの中の野鳥



青鷺 初夏の帷子川



青鷺 初夏の帷子川


■青鷺(あおさぎ)
青鷺、蒼鷺、Ardea cinerea) は、ペリカン目サギ科アオサギ属に分類される鳥類です。全長約95センチメートル。首・足・くちばしは長く、背面は青灰色、風切り羽は灰黒色、後頭の長い飾り羽は青黒色です。ユーラシアの大部分およびアフリカに分布。北海道には夏鳥として渡来し、本州・四国では留鳥あるいは漂鳥として繁殖します。[季] 夏。





川鵜 初夏の帷子川




川鵜 初夏の帷子川



■川鵜(かわう)
カワウ(河鵜、川鵜、学名: Phalacrocorax carbo)は、カツオドリ目ウ科に分類される鳥類の一種です。名前の由来は文字通り「河(川)」に生息する「鵜」です。魚獲りが上手水にぬれた翼を大きく広げ乾かします。全長80センチくらい。全体に黒色。ユーラシア・アフリカ・北アメリカ東部に分布。日本にも留鳥として湖・川や海岸でみられ、潜水して魚を捕食。木の上に巣を作り、集団で繁殖します。《季 夏》


初夏ですね。








未来の年表 河合雅司著

  本を読んだ後に、読後画像を制作しています。 未来の年表  河合雅司著 2017年読了 「静かなる有事」が暮らしを蝕む日本の喫緊の課題は、 出生数の減少、高齢者の激増、社会の支え手の不足、これらがお互いに絡み合って起こる人口減少。 日本の作家、ジャーナリストからの提言です、 ち...