2024年3月9日土曜日

老いと創造・横尾忠則著

 

本を読んだ後に、読後画像を制作しています。


「老いと創造・朦朧人生相談」 横尾忠則著


この本は、グラフィックデザイナーであり画家の横尾忠則氏が、人生について語り、
各テーマのページ毎に、氏のイラストが掲載されている非常に豪華な面白い本です。

しかし横尾忠則氏の感性と言葉は強烈ですね。



「老いと創造・朦朧人生相談」 横尾忠則著


老いと創造 朦朧人生相談 横尾忠則著 
 

 
Ⅰ:老いについて
●運命
生きている限り、今、自分の立っている場所が居場所です。運命に従って、自分自身を手放してみるのはどうでしょう。

●日記
詩や俳句を書いたり、新聞や雑誌の記事を張り付けたりしてもいいんじゃないでしょうか。記録のためではなく、日記を面白くするために、日記のために生きてみようとなる。
●健康
僕の健康法は何もありません。ハンディこそ僕の自然体と考えるようにしました。「この一瞬を生きる」という今をもっとも大事にする生き方が必要なのではないでしょうか。僕に健康法があるとすれば、それは僕の仕事で絵を描くことです。

●おしゃれ
僕は自分を変えたいと思ったときは、脳を変えるのではなく肉体を変えることで自己変革をするようにしています。着るものは、肉体にもっとも近い環境です。だから着るものはいい加減にしない方がいいと思います。

●難聴
僕の耳は難聴で九十九%ボケてしまって、テレビも映画も音楽も聞こえません。孤独こそ最高の境地です。ハンディをハンディとして受け入れて、その状況を楽しむことです。

●衰えていく親との関係
僕の父は、僕が上京して半年も経たないうちに、脳梗塞で突発的に死にました。その後母を東京に呼びましたが、六畳一間にわれわれ夫婦と生まれたばかりの長男と引き取った母の四人がすし詰め状態で住んでいました。現実があまりにも非現実で、母は大阪の親戚の家に世話になったりもしていました。その後、東京の農家の一画の三間続きの小さな家に再び母を迎えましたが、相変わらず貧乏生活を強いられていました。そんな状況のなか、僕が、母の郷里の家を売って得たわずかなお金を持ってヨーロッパ旅行をし、有り金全部を使い果たして帰ってきたら、母はがんで入院していました。そして、やがて息を引き取りました。なんという親不孝息子であったか。両親を幸せにする能力もなく、バタバタとあわただしく両親は逝ってしまいました。ですから、このご質問に答える資格は僕にはありません。

●横尾流「老い」の愉しみ方
僕は老齢になるにしたがって好奇心が徐々になくなってきました。しかし、それがなくても、気が付くと外部から、何かに導かれるように、そのときに必要なものが与えられることに気付きます。僕はそのことを運命と呼びます。宿命は、前世から定まっている運命。運命は人の意思を超越しています。僕は必要以上のことは望まない。僕に与えられた前世からの運命だと納得するのです。なるようになることを期待するのです。


Ⅱ:死について
●死について
僕は、人間の本体は肉体、精神(心)と魂で構成されていると思っています。そうすると、肉体の消滅が死という発想がおかしくなります。残された精神と魂はどうなるのでしょうか。

●死と心の整理
僕は半ば死者の目で、この生者のいる現世を眺めています。生と死は、単に次元を異にした、同じものだということです。

●死のイメージ
僕の年齢になると、死も愉しみの一つになります。死は、一つのサプライズなエンターテイメントかもしれません。僕は、死んだら虚無になると思っていません。現世の延長で、輪廻転生、かつて経験したことを再びまっさらな気持ちで体験できるかと思うと、わくわくすることさえあります。


Ⅲ:人間関係について
●友だちについて
友だちは必要だと思います。相手のために親身になれる友だちが必要だと思いますが、そうした関係を結ぶのは難しいですよね。僕には、一人、同業者の友だちがいました。僕はまったく独学でイラスレイターになりました。大勢の仲間の前で、彼は僕の作品を非常に高く評価してくれました。本来なら彼がやるべき仕事を与えてくれました。僕の人生のなかで、彼の存在は特別なもので、その後も、お互いの領域でやるべきことをやってきたように思います。そんな彼が、思いもよらない病のために他界してしまいました。その彼とはイラストレーターの和田誠です。彼のような友だちを持てたのは、なんだか運命のように思えてなりません。

●孤独を感じること
人間は孤独になって初めて力を発揮します。そして、この孤独が最高の快楽です。運命に逆らうには、「なるようにする」という自立心が必要です。人生には、男時、女時という時期があると世阿弥が説いています。女時は勉学に励む時期。男時がきたら一気に流れを引き寄せることです。

●他者への共感と自分の意見
僕はいちいち他人のことを考えて絵を描いていません。他人があなたの意見に共感しなくても、あなたはあなたを生きるべきで、あなたが他人を生きる必要はありません。自分の意見を大切にするという初心を貫徹して下さい。

●一人暮らし
一人暮らしが長いのは、その状態があなたにとって最適だからじゃないでしょうか。最適というのは、いかに自由であるかということです。家族が必要かどうかは、あなたの自由度が決める問題だと思います。

●孤独について
僕はこどもの頃から孤独を愛して育ってきましたので、孤独が悩みの種になることようなことはありませんでした。誰にも邪魔されないで絵が描ける時間は、ある意味で孤独ゆえの幸福感がありました。現在八十七歳になっても、孤独を唯一の友として、アトリエで一人絵を描いています。僕に言わせれば定年を迎えることは人生の最大のプレゼントではないでしょうか。「さあ、これからは今までとはまったく違う異次元の生活、生き方ができるぞ!」と欣喜雀躍するかもしれません。趣味は、一種のクリエイティブです。クリエイティブに生きていれば老化しません。むしろ延命して長寿が全うできます。創造と美を求める生き方の方が、もっと積極的な生き方ではないでしょうか。僕は、孤独を創造することによって、孤独を愉しめばよいと思います。孤独は創造の原点です。趣味は自分と遊ぶ対象です。これこそが自由です。


Ⅳ:芸術について
●絵の見方
絵の見方は、正しい方法はありません。好きか、嫌いか、分からないか、そのどれかでいいのです。画家も、主題を含めて最初からすべて分かっているわけではなく、分からないまま描いています。ひと言でいうと、いい加減に描いています。

●画家の自画像
画家が自画像を描く心境と、自撮りする心境は同じです。物を創るという発想の根源は、すべて「私」という意識です。自分を描き切ることで、自分を吐き出しているのかもしれません。

●画家と音楽家
画家と音楽家の共通点については、どちらも感性に訴えるという点では同じですが、画家よりも、むしろミュージシャンの方が美術への関心が高いように僕は思います。僕が目下挑戦しているのは、絵画表現のなかに音楽的な要素を入れるということです。絵を一つのオーケストラに喩えれば、さまざまな色や形が音色を奏でています。僕の絵のなかには、難聴によって決別させられた音楽が蘇っているのです。

●絵について
絵は目的のために描くものではなく、描くことそのものを目的にするのが、絵を描く醍醐味です。絵に上手も下手もありません。描いていて楽しい、面白い、そういう気持ちで描いた絵が素晴らしいのです。絵のコツがあるとすれば、描くことを純粋に楽しむ、その気持ちだけです。

●表現の目的
僕の場合、表現に目的はありません。描こうという衝動に従い、ご飯を食べるように描くようにしています。

●天才とは
天才は、天才たるべくして生まれてきた人のように思うのです。天才とは、内部から湧き上がる創造的な衝動に素直に従うことのできる人で、すなわち気分に忠実で、そのときの気分で行動できるエネルギーを持った人ということになります。天才とは、前世から約束されてこの地上に生を享けた人ですね。

●自分を支えた言葉
三島由紀夫さんから聞いた言葉があります。タテ糸が想像だとすると、ヨコ糸は礼節である。この両者が交わったところに霊性が生まれる。僕はこう言われたことあります。「横尾君の作品は無礼極まりない」、そして「芸術は無礼であっても良いが、人間は無礼であってはいけない」と。


Ⅴ:仕事について
●大学で学ぶこと
僕は、一度も専門学校や大学での教育を受けていません。高校卒業と同時に社会人になってしまったので、勉強する時間がありませんでした。専門的な教育を受けていない僕がグラフィックデザイナーになることができたのは、運が良かったからです。独学のまま十年足らずで、「ペスソナ」展というトップデザイナー十一人が集められた展示会に、デザイナーの一人として声をかけられました。アカデミックな基礎教育を一切受けていない我流の若者デザイナーが、トップデザイナーの仲間入りを果たしたのです。九十年代には、画家として美術の世界に飛び込むのですが、その行為も無謀といえるものだったと思います。アカデミズムがいちばん恐れるのは、「気分」です。だからこそ、僕の武器は「気分」なのだと思います。

●絵の完成について
僕は気が短いのか、絵が完成する以前に、「できた!」と思ってしまいます。一方で、手をかければどんどん変化するので、その変化のどこで筆を置いたらいいのか分からなくなります。よく考えると、完成というのはないのではないでしょうか。僕は飽きたところで「ヤーメタっ!」と言って、そこで描くことを放棄します。そして、それを「完成」としてしまいます。

●デザイナーから画家への転職
デザイナーから画家への転身は、自ら求めて行動を起こしたのではなく、僕の内部で起こった強い衝動に従ったまでです。僕は常に、このような衝動には従うようにしています。なぜなら、それがそのときに、もっともふさわしい「出来事」であると思うからです。僕にとってデザイナーは「仕事」でした。それに対して絵は「人生」であり、生きるということです。美術は、機能的でも合理的でもありませんが、生きる力を与えてくれます。


Ⅵ:禅について
●禅とは
禅は語るものではなく、まず肉体による体験です。座禅によって思考の束縛から次第に自由になっていくことで、真の自由が獲得可能になるといいます。


Ⅶ:自分について
●旅について
旅をすると、意識が外に向かい自分から離れていくように思えますが、実際には、旅先では常に自己と対話を続けています。だから僕は、旅は自己への回帰ではないかと思っています。

●海外一人旅
僕がもっとも大きな影響を受けた国はインドでした。僕はインドへ七回行くことになります。インドでは、それまで自分が培ってきた常識や概念がまったく通用しません。粉々になって崩れてしまいます。なぜインドへ行ったのか。僕の場合、動機は二つありました。一つは、三島由紀夫さんの影響です。切腹する三日前、電話で「君もそろそろインドへ行ってもいい時期が来たね」と言うんです。もう一つの動機はビートルズです。ジョージ・ハリスンがインド思想に傾倒し、修行のためにインドを訪れていました。人生において、変化はとても大事です。変化とは水の流れです。変化は「生」なのです。

●夢について
僕は、1970年から今日まで、毎日見た夢を夢日記として記録しています。それは1967年にニューヨークから帰国後、頻繁に見るようになった夢のせいです。夢の中には決まってUFOが登場します。僕の場合、描く絵は、顕在意識と潜在意識が融合したところに成立しています。夢は無意識の産物です。その無意識を記述することによって、そのビジョンは意識化、つまり顕在意識化されます。顕在意識化された無意識は、そう簡単に忘れることはありません。このように、人間の意識の二つの側面を統合すると、シンクロシティが起きやすくなります。


Ⅷ:運命について
●運命
僕は、好きなものこそ運命が与えた才能だと思っています。僕は運命を信じている運命派です。デザイナーも、画家も、自分の意思とは無関係に、そのときどきの出会いにすべて従った結果で、これは運命以外の言葉で説明することはできません。ピカソ展で、天啓のような衝撃受け、画家に転向しました。そのように運命を受け入れる生き方をしてきました。人は皆、運命に導かれて生きていること、運命を受け入れることで開かれる人生があることをお伝えしたい。



グラフィックデザイナー、画家 横尾忠則氏

横尾 忠則(よこお ただのり、1936年6月27日 - )は、日本の美術家、グラフィックデザイナー、版画家、作家。1956年神戸新聞社にてグラフィックデザイナーとして活動後、独立。三島由紀夫に出会い三島の「聖俗一体」的言動に触発される。1980年7月にニューヨーク近代美術館にて開催されたピカソ展に衝撃を受け、その後、画家宣言。以来、美術家としてさまざまな作品制作に携わる。灘本唯人、宇野亞喜良、山口はるみ、和田誠らと東京イラストレーターズ・クラブを結成(70年解散)。2004年 - この年から、多摩美術大学大学院客員教授(博士課程)に就任。2010年 - 神戸芸術工科大学大学院客員教授に就任。2012年神戸市灘区に横尾忠則現代美術館開館。



この人の、アプローチと捉え方は、非常に勉強になりました。
87歳だそうです。天才ですね。









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